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ドラマ『地面師たち』から考える詐欺に遭わない方法

皆さまこんにちは。以前、イオンカードと名乗るフィッシングメールに危うくひっかかりかけたことのある司法書士の山下洋樹です。

 最近、決済の現場で『地面師たち』の話がよく話題にあがっています。私も先日遅ればせながらドラマ『地面師たち』のエピソード1を見ました。

 不動産売買の決済のシーンでの騙そうとする偽の売主側と騙されないように警戒する買主側のやりとりが見ている側にも緊迫感を感じるものとなっており、普段ほとんどドラマを見ない私でも楽しくみることができました。

今回は司法書士の立場として、ドラマの中の決済の場面でもあった登記の手続きに必要な書類や本人確認、地面師対策についてのお話をさせていただきたいと思います。

1.ドラマ『地面師たち』・地面師とは

 『地面師たち』とは、地面師グループをモチーフとした新庄耕の小説のタイトルで、同作品を原作として7月25日からNetFlixでドラマ化され配信されています。

 地面師というは、不動産の所有者になりすまして、不正に不動産売買を行う詐欺師のことです。買主は偽の売主(地面師)に売買代金を支払いますが、買主は偽物の所有者から不動産を買ったことになるため所有者になることはできません。つまり、買主は売買代金を騙し取られたことになるのです。

 そして、後になって買主が詐欺にあったことに気づいたとしても、当然、地面師はすでに行方をくらましているでしょう。また、地面師が逮捕されたとしても、すでにお金が使われていた場合は、売買代金全額を取り戻すのは非常に困難であると思われます。

2.名義変更の登記申請に必要な書類について

 以下、まずは不動産の名義変更に必要なものや、手続きに関するお話をさせていただきます。不動産登記の名義を変更するには、売主に下記の書類等を用意してもらいます。

①権利証

※正式には登記識別情報通知又は登記済証という書類で、登記された時期によって異なります。以下まとめて「権利証」と記載します。

②実印

③印鑑証明書(3か月以内のもの)

 

 ところで、不動産の名義変更にはなぜこれらの書類等が必要になるのでしょうか。その理由は、まさしく地面師が関わるような不正な登記を防止するためです。権利証・実印・印鑑証明書は、基本的に他人に預けるものではないので、これらの書類等があれば、法務局も不動産の所有者本人が本人の意思で登記を申請していると判断するのです。

3. 権利証を紛失している場合

(1)事前通知

 前述の書類等を紛失している場合はどうなるのでしょうか。実印は紛失しても役所で再登録をすることができますが、権利証の再発行はできません。

 『地面師たち』では、売主は権利証を紛失したことになっており、弁護士が本人確認情報を作成したという設定になっていました。この本人確認情報とは何でしょうか。

 法令上は、権利証を提供できない場合、原則として法務局は事前通知を行うことが前提となっています。これは、登記された所有者の住所あてに法務局から「お尋ね」が届くので、実際にその所有者がその登記の申請をしている場合は、回答欄に署名及び実印を押して、法務局に返信するというものです。しかし、この方法は、決済後に登記にかかわる手続きを売主まかせにすることになり、決済前に登記の申請が確実であるとは言えないため、通常の不動産売買による登記申請ではあまり利用されていません。

(2)本人確認情報又は公証人による認証

 そこで、利用されるのが以下の2つの方法です。

①申請代理人となる司法書士又は弁護士による本人確認情報の提供

②公証人が認証した登記委任状の提供

 簡単に言うと、司法書士や弁護士又は公証人が売主の本人確認をして、権利証の代わりにその情報を提供することで、登記の申請をする方法です。

①と②の違いですが、②の公証人による認証は、シンプルに公証人が本人確認をした旨の記載のものに対して、①は面談した日時、場所及びその状況、申請権限を有する登記名義人であると認めた理由も記載する必要があり、通常は情報量が多くなります。費用についても、②の公証人の認証の費用が数千円程度なのに対し、①の本人確認情報の作成費用は5万円から10万円程度となることが多いようです。

4. 司法書士による本人確認について

(1)司法書士が本人確認をする根拠

 登記の申請は、前述の書類が揃えば可能です。ただ、それでも司法書士は決済の場で必ず売主に本人確認書類を提示してもらい本人確認をさせていただきます。もしかすると、運転免許証の写真写りが悪いとか、年齢を知られたくないというという理由で、本人確認書類をなるべく見せたくない人もいるかもしれません。「いったい司法書士に何の権限があって、本人確認書類を見せないといけないんだ」と思う方もいるかもしれませんが、司法書士は、司法書士法・司法書士会会則、犯罪による収益の移転防止に関する法律に基づき本人確認が義務付けられているのです。

(2)本人確認の方法について

 司法書士は、売主から提示されたマイナンバーカードや運転免許証に記載の住所、氏名が登記事項証明書や印鑑証明書に記載されているものと同一どうかを確認します。また、生年月日や干支も口頭で確認したりすることもあります。『地面師たち』でも、そのようなシーンがありました。事前に訓練を受けているなりすまし役は少しオロオロしながらも干支も正しく答えてしまいます。面白いのはその後の質問でした。司法書士は、2つの写真を用意して「どちらが○○様の自宅ですか?」と選択させたり、「お買い物をされる近くのスーパーはどちらですか?」と質問したりします。これは、実際にその場所の付近に住んでいないと答えられないともていい質問だと思いました。

4.書類の偽造について

①印鑑証明書

 印鑑証明書には透かしインキやコピー牽制など高度な偽造防止装置が施されており、手に持って照明の方向に向けるとうっすらと模様がみえることやコピー機で複写すると「COPY」や「複写」という文字が現れることは、皆さまもご存じかと思います。また、コンビニで交付される印鑑証明書は、普通のプリント用紙に見えるため偽造しやすいようにも思えますが、こちらも牽制文字、スクランブル画像、偽造防止検出画像といった偽造防止措置がされており、コピーを取ったり、裏面の写真を撮って問合せサイトにアップロードしたりすることで、改ざんされていないか確認をすることができます。したがって、他の書類等に比べると比較的偽造がされにくい書類かもしれません。

②本人確認書類(マイナンバーカード、運転免許証、保険証など)

 『地面師たち』では、運転免許証の裏からペンライトで光を当てるシーンがありました。私は決済の場でこんなことをしている司法書士を見たことがなく知らなかったのですが、調べてみると運転免許証も印鑑証明書と同じように「透かし」が入っており、裏側から強めの光をあてることで「交」の字のようなマークを確認することができるようです。

 また、その次のシーンでは、スマートフォンで運転免許証に埋め込まれたICチップを読み取っていました。スマートフォンにICカード読み取りアプリをインストールすることで、マイナンバーカードについても同様に券面の情報を読み取ることができます。ただし、ともに暗証番号の入力が必要となるため、暗証番号を忘れている場合は読み取ることができません。ただ、その場合でも、何らかの非接触ICチップが埋め込まれていることを確認することはできます。

 その他、運転免許証に記載された12桁の数字は、最初に交付を受けた都道府県・取得の年・再交付の回数などの情報が記載されており、これらを質問することで、なりすましではないかを判断する材料になるかもしれません。

3. 法務局はどうやって偽造を見抜いたのか?

 決済後に地面師たちが集まって食事をしているシーンで、「でもまあ、そろそろですかね?申請却下。」「今週中には法務局から連絡入るやろな~。」というような会話があります。地面師たちは、法務局が偽造を見破ることを想定しているかのようなセリフですね。

 法務局はどうやって偽造を見抜くのでしょうか。(以下は、実際にあった有名な積水ハウスの事件の内容について積水ハウスホームページにリンクされている報告書記載の内容を参考にお話させていただきます。)

(1)申請の却下

 法務局の登記官は、一定の事由があった場合、登記の申請を却下します。地面師詐欺の場合は、「申請の権限を有しない者の申請によるとき」という事由になります。積水ハウス事件の場合は、申請書に添付された国民健康保険被保険者証のコピーが偽造であったことが判明したためとされています。

 前述のとおり、申請に必要なものは、権利証、印鑑証明書、実印(委任状に押された印鑑証明書と同一の印鑑)です。通常、国民健康保険被保険者証のコピーは添付しません。この事件でも『地面師たち』の場合と同様に弁護士作成の本人確認情報により申請をしており、その本人確認情報に保険証のコピーが添付されていたのだと思われます。

(1)不正登記防止申出

積水ハウスの事件の決済の際に司法書士は、パスポート・国民健康保険被保険者証・印鑑証明書・戸籍謄本・住民票・除籍謄本・納税証明書3通及び固定資産評価証明書などの書類を確認したようです。このうちパスポート・国民健康保険被保険者証は偽造によるものでした。また司法書士は偽の売主に対し口頭による本人確認を行ったにもかかわらず、偽物であることを見抜けませんでした。ところが法務局は国民健康保険被保険者証だけで不正な申請であることを見抜きました。しかも原本ではなくコピーです。法務局の登記官はとんでもなく優秀なのでしょうか?

 実は、この所有権移転の登記の申請の前に本物の所有者から不正登記防止申出がされていたのです。これは権利証を紛失した場合などに、その権利証を取得した者により名義を変更されないようにする措置です。つまり、法務局はこの時にされた所有権移転登記の申請に対して、疑わしいと見込んで審査をしているので保険証のコピーの確認についてもかなり厳重に行ったのでしょう。

7.司法書士はなりすましを見破ることはできないのか?

 積水ハウスの事件では、司法書士は仮登記の際に権利証の確認もしていましたが、精巧につくられていたため、偽造に気づくことはできませんでした。また、偽造された本人確認書類により、役所に改印届出がされてしまえば、印鑑証明書は実際に役所が発行したものであり、書類だけではなりすましを見破ることは難しかったのかもしれません。
しかし、怪しい点はいくつもありました。


1.本物の所有者から積水ハウス宛に仮登記の抹消を求める通知書が届いていた

2.物件の内覧時に売主本人が来なかった

3.偽の売主は決済時に権利証を持ってこなかった

4.偽の売主は誕生日を忘れてパスポートで確認したり、干支を間違えたりしていた

1の通知には登記をした司法書士(法人)宛のものもありました。これは通知を送った者は登記事項証明書により、仮登記がされているのを確認しただけでなく、法務局で仮登記の申請書類一式を調査して申請を行った司法書士を確認したということになります。司法書士はこれはただ事ではないと感じたはずです。私の推測ですが、登記を行った司法書士は、完全に騙されたというわけではなく、限りなく怪しいと感じていたのではないかと思います。ただ、いくら怪しいと感じても偽物であると断定することはできなかったのではないでしょうか。

8.どうすれば被害に遭わないようにできるのか?

 地面師詐欺の被害者になった場合、買主がだまし取られたお金を取り戻せる可能性は低く多額の財産の損失になり、精神的にも大きなダメージを受けることになるでしょう。また、登記を行った司法書士も手続きについて過失があったと判断された場合、高額な損害賠償請求をされる可能性があります。

 地面師は、買主側の弱みにつけこんで、あらゆる手を使って騙そうとします。『地面師たち』でも売主の機嫌を損ねて大事な取引を破棄したくないという買主側の心情がうまく描写されていました。しかし、どれだけ本物を装っても怪しい点はでてくるのではないかと思います。買主側の人たちは、「取引をやめましょう」と言えない雰囲気だったのでしょうか。買主は少しでも胡散臭いと感じた場合は、契約をしない・中断するという選択をできる状況を作っていく必要があると感じました。

 また司法書士も、例えば権利証がある場合は安易に本人確認情報を使用せず、本人確認書類として必ずマイナンバーカードを準備してもらうなど事前に依頼者に伝えるぐらいのことをしないといけないのかもしれません。また、損害賠償請求をされないようにするためには、普段から、登記関係書類や本人確認書類が偽造ではないか慎重に確認をすること習慣をつけるようにすべきかもしれません。

以上になります。地面師のような不動産詐欺だけではなく、世の中には色んな詐欺がいます。儲け話には十分に注意して皆さまも詐欺に遭わないようにしましょう。

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